昭和41年01月01日 夜の御理解
昨夜の徐夜祭から、今日の元旦祭に引き続いての。もう、ほんとに、この御用にさしさわれる者も、少々グロッキーになりぎみなんです。今日はさずがに私も、今日は御用で皆さん、総代さん方幹部の方が、いろいろ残っておられましたけれど、ほんと言うたらお正月のしるしでもと、いうところですけどもね。今日はもう皆さん、もう家族の者も、昨日から、もうくたくたにくたびれとりますから、また、あの、正月のしるしをさしてもらうから、今日は皆さん、このまま帰って下さいと言うて、お茶もあげずに帰ってもらったんですけれどもね。
そして皆さんを送り出してしもうてからです、お広前出てまいりましたら、高橋さん達が、親子5人で残っとりますもん。あらあんた、私はまた、自動車が送り出そうと思うてから、あちらの車が1台ありますから、どうして高橋さんなんしよっちゃ、じゃろうか、はよ帰りゃよかとか思ってから上がってきましたら、あの、そこの所で待っとりますもん。今日は何事じゃと。何かこう、「はあちょっと、あのお届けがございますから。」、とこう。ならこここでもよかじゃんのっち私はいう気持ちで座っとるけれども、あのう中々こうもじもじしてお届けいたしません。
ははぁこれは夫婦間の何か、いざこざがあったかなんかじゃなかじゃろうか。それで、ここじゃ、お届けしにくいのじゃろうか(微笑)。御結界に座ろうかっち、そしたら久保山先生が座っちゃったですから代わってから座った。そしたら別に、なんともお届けいたしませんですもん。そんで神様にそのことをちよっとお願いさしていただきましたら、赤ん坊の事を頂くわけですもんね。
そして、お願いさしてもらいよりましたらあのう、徹するの徹という字、徹するじゃないですけどね。徹という字は何って読むでしょうか、行にんべんを書いて育てると書いてある。でこちらはこう、放すという字のあんな字、書いてあるんですが。私が頂くのに、そのう行にんべんに育てると書いて、こちらはあの、放任の放です、放す。そういような感じでそちらの方を頂く。まあそういう字はありませんけど、そういうふうに頂くから、ははあ、こりゃ子供のことばいな。
なんじゃろうかと思ったけれども、まああんまりいつまででんつくねんとして黙っとくわけにいかんから、今ね、高橋さん、こういうことを頂いた。こりゃまあ、子供を育てるということだけに限らんことであろうけれど、まあ今日の元旦祭のお説教を頂きゃ、まあ、あのとおりなんだけれど、特に、子供のことは、ね、結局やはり、子供を育てるということは親の行であり、ね。
その行と思うて、ひとつ、あの、お育てを頂かなきゃいかん、自分どんが育てる、自分どんが、そのう大きくするという思いだんしなさいますな。そして、子供のことは、その実際は、人間頭で考える事を止めて、いわゆる放任した気持ちで神様に縋ってやればいいとですよと。と言うて、私はお取次を終った。そして、おかげを頂きまして有り難うございましたとさがって、私も、また久保山先生と代わってから、ストーブんところにまた下がっとりましたですもん。
たったそれだけのことじゃったじゃろうかと思いよりましたら、あのう先生すいません、この子と一緒にお写真を一つ撮っていただきたいとこう言うですもん。はあと思ってから私もね、今日はあっちの日晴れじゃったんです子供の。そんでこのごろお礼に里から帰って参ります時に、私は、「私は今日は抱かんよ顔も見らんよ。」と私は言うわけですね。私は必ずあの、子供が日晴れにお礼に出て参りましたら、必ず御神前に供えさして頂いて、そして、親に下げるというような御祈念をさしてもらうんです。
だから、ならそれが丁度あの元旦に当たりますから、まあお疲れでしょうけれども、元旦祭が済んだらその後でお願い致しますと言いよったのを私が忘れた、うっかりして忘れておるんですな。これはもうほんとにこりゃもう、失礼なことじった。けれども有難いなあと私。やっぱりそのことを私はうっかり忘れてしもうとるけれども、やっぱり子供を育てるということについてのそのこと頂いておる。
はぁそんならさあ、今から御祈念させていただこうと言うて、まあ御理解とその御祈念が、その、いわば反対になったんですね。なら御祈念だけ終らせてもろうて、御理解はさっき頂いたとおりだからと言って、まあおかげを頂いたんですけれどもね。そういう中に、信心のおかげを頂いていくということを、その行を育てる。そして、放すと、ね。任せて、そして行、行をさせてもらう。そこに自ずと育ってくるというのが信心だというようなことが分かりますですね。
今日は、伊万里の竹内先生達の、御一家が全部でお参りしておられました。中に、あの、今、奥さんも子供さん方も、伊万里の方にいって、伊万里のほうでお正月をされたらしいんです。それに、夕べの除夜の鐘を聞いて、子供さん達が、あのうそわそわそわそわしておられるそうですもん。んで何するかっち言うたら、なんとか、そのおばあちゃんにはその、心配かけると思うて言わんでおる。したらもうそうなんか遠足にばし行くごたる拵えをするから、聞いたところが、「今から椛目にお参りをするっち」。
夕べの、徐夜の鐘を聞いて、佐賀の伊万里からです、ね、歩いて来ている。そして、今日のこの、お祭にお参りをされる為に、竹内先生方はちょっと遅なられましたんですよね。だからこちら側に、並んでおられましたが、交換会に出て、そして帰ってまいりましてから、ちょうど子供達が三人ずれで、佐賀の、佐賀市のところを、通り抜けていかなんところで、子供達にあった。それでから、子供さん達をまあひろって、一緒に参って来ておられるんです。そういうような事を話しておられましたが。
特に二番目の息子さん、非常に、今、高校の野球の選手をしておられますが、そのう現在病気なんです。医者は絶対安静って言うんだそうです。この、よう髄なんとかっていうですね、この骨ん、腰の骨の何か病気らしいです。だから絶対安静しておらにゃいかん。それを、その、やはり、野球をやられますから、あのう素振りっていうですかね、あの野球の、あのう素振りをやられたり、それから、そのう歩いて椛目に参ろうかっていったようなその、この頃から、自転車で熊本の方から参られた時も、やっぱり、動いちゃいけないと言われとったんだけども、そのお参りをして来ておる。
もうとにかく椛目一途でその、お参りしておりますから、まあ私どもとしても、止めもされないという意味の事を仰っておられました。先程、帰られる前に、ここで、その息子さんが出て参りましてから、お届けをするんです。「先生、その、この病気のことについてはどういう考え方で信心を進めていったらよろしいでしょうかと。またこう言う様な過激なことをしてもいいじゃろうか。」、と言ったようなお届け、お伺いがあったんです。そしたらあの、御神前にお神酒のお供えをしておる、あの、麻紐で、こう花結びにひきてきに結んでありましたね。
私共のひとつの信心というものはね、固いもの。固い心というですかね。もうそれこそ結んだらほどけんというですね、から結びのように神様と私どもの結ぼりあいというものがなからなけりゃならんと、ね。例えばあの、動いちゃならん。医者はそう言うけれども、神様でおかげを頂きたい、いや、このことを通して神様が分かりたい。信心が分かりたいというのならば、何をしてもいいと私は。
ただし、そのちょっと、例えば、そのう体にさわったといや、やっぱりこりゃいかんじゃろうというて、ぽろっとほどけるようなことじゃつまらん。それこそ固くです。から結びで結んだような、確信、この気持ちを持って神様の前に。まあ厳しいいうならば、教祖の神様教えてくださるように、ままよという心。『ままよとは 死んでもままよ』と。もう神様に一途にお縋りをして、そして沈むならもうかまわんというくらいな気持ちで、お縋りすればおかげということを頂くんですね。
私は信心にはですね、そういう放任したところとです、そういう神様を信じきっての、さっきの子供を育てるということにおいてもです、竹内先生とこの息子さんがそのことについても、それを私思うですね。只今御祈念に、そのことやらあのこといろいろ、お願いをさしていただきよりまして、そのお願いの中に。そういたしましたら、今あの二階で、こう奉仕着つけさしていただきよっときに、私の本箱の上に誰かが人形を置いてくれてるんです。なかなか格好のいい人形。
見たら、佐渡土産と書いてある。ちょうど、佐渡おけさ踊っておるというあの人形の、人形なんです。それを只今また御神眼に頂くんですね。そしてさらに頂くのが、あの佐渡の、佐渡のおけさの歌の文句の中にございますですよね。「来いと言うたとていかりょか、佐渡は四十九里波の上」、というようにね。そしたらその次に、「いことおもえば佐渡にもいかれる」、という意味の歌、それを頂くんですね
。「海には艪もありゃ船もある」、と。問題はです、いくら来いというたって行かれるもんですかと。四十九里もある、しかも波の上ですよ。それもやはり言い分なんだと、いえれるとそう思う。けども、行こうと思えば、来ようと思えばです、いくら四十九里波の上でありましてもです、海には船もあるじゃないか艪もあるじゃないかと。四十九、それはもう修行、それこそ危険を冒してからでもというよなことでもあろうけれども、行こうと思えばということ。信心とはそげなん。
おかげを頂こうと思えば、何をおいてもできんことはないということ。私は信心はね、ここのところから信心が始められていかなかればです、今日私がいう、ほんとの意味でのお育ても、または、ほんとな意味での信心の、いわゆる不動の信念というか確信といったようなものも、生まれてはこないと言った様なことを感じたんですね。どうぞ、もうほんとに、とても来られるもんですか、考えてみなさい、四十九里もある、しかも海の上だ。信心もそれが言えます、ね。
もうほんとにもうへとへとですけん。もうとてもこれぐらいはでけんといやあ、でけんのです。それでもやはり、医者は動いちゃならんという。絶対安静という。しかもその、伊万里からでも歩いて来ようかという、行こうと思えば行けるということ、ね。行こうと思えば、私はその心を神様がくんでくださる。そこから、いわば生き生きしたそのことを通して、生きた神様の働きを教えてくださるというふうに思うですね。
どうぞおかげを頂かなければいけません。